勇者の旅は終わったはずじゃ・・・

「ハアハア・・・。流石は勇者といったところだな。」

 

魔王の体力は残り少ない。

正直、後一撃で倒せる。

 

しかし、油断はできない。

何が来るかわからないからだ。

 

「降参だ。勇者よ。トドメを刺すが良い。」

 

俺はじっと魔王を見つめる。

もうほとんど魔力を感じることはできない。

何かして来るということはないだろう。

 

そう思って俺は奴に近づいた。

 

息も絶え絶えだ。

相当消耗しているのだろう。

魔王といえど、あまりにも無抵抗な者を傷つけるのは如何なものかと思われるので、俺は奴にこう聞いた。

 

「最後に言い残したことはないか?」

 

「ハア・・ハア・・。言い残したことか。」

 

魔王が俺を見つめる。

 

「言い残したことは。」

 

ここまで近づいてくれてありがとよ!

 

「なっ!」

 

奴が放った黒い煙のようなものが俺を包み込む。

 

「はっーはっはっはっは!バカな勇者だぜ!完全に油断したな。これは俺が死の代償として使える技だ!もうお前は永遠に能力を使えなくなった!ざまあねえな!」

 

なんだこの黒い煙は!?

全く何も見えない。

それよりも俺の能力がなんだって?

 

魔王の笑い声が高らかに響き渡る。

そして煙がなくなる頃にはもう・・・

 

 

*********

 

 

「レオンさん、いつもの頼むよ。」

 

「かしこまりました。」

 

「いや、そんなかしこまらなくて良いんだ。もうあんたとは10年の付き合いだろ?」

 

「そうですが、そういうお客様だからこそ礼儀が大切だと思いまして。」

 

「そうかい?まあそれなら良いんだがね。」

 

 

俺はニコッと微笑み、ナイフと食パンを取り出す。

それを薄くスライスし、ハムやレタス、トマトを挟み、それに並行してコーヒーをよそう。

 

「相変わらすの手際の良さだね。まさに勇者がなせる技ですの!」

 

「やめてくださいよ!もう10年も前の話です。」

 

常連のハリスさんがからかってくる。

もう10年の付き合いだからお互いに気心がしれているというのもあるからなのだが、やめてほしい。

勇者をやっていたのはもう10年も前のことだ。

それに俺はもう・・・

 

「はい。できましたよ。うちとしては嬉しいですが、たまには奥さんの手料理も食べてくださいね。」

 

ハリスさんは苦笑を浮かべながら、モーニングを食べる。

この人また奥さんと喧嘩したな。

 

「そうじゃ!そういやレオンさん知っとるか?最近何やら魔物が活発に動いているらしいぞ。」

 

「魔物?」

 

「そう。魔物じゃ。10年前にレオンさんが魔王を倒してからは数が減ったにも関わらず、最近はやたらに魔物に襲わられたという報告を受ける。もしかするとまた魔王が・・・」

 

「それはないでしょう。魔王は確かに倒しました。それに次の魔王候補を決めるには少なくとも100年から1000年はかかります。流石に10年で魔王が出てくるなんてことはないでしょう。」

 

そうだといいのじゃが・・・

 

ハリスさんは少し不安そうな表情をした。

 

しかし、魔王の出現というのは考えにくい。魔物たちが次の魔王を決めるにはどんなに早くとも100年は有する。

それに俺が倒した前魔王は歴代魔王の中で最強と謳われていた。

そうなるとあいつクラスの魔王を決めるには100年の歳月ごときでは不可能だろう。

前魔王の登場は初代勇者が倒してから、前魔王の出現までは1000年の歳月を有していたし。

そうなると魔王復活には早すぎる。

 

しかし、ハリスさんの言うように魔物が活性化していると言うのはどこか引っかかる。

通常の魔物は、統治する存在がいないと自分たちで行動することはできない。

弱い魔物であれば強い魔物によってコントロールされて、初めて行動をすることができる。

 

そうなると魔王とは言わなくても、「それなりに強い魔物の出現による」と言う可能性はなくはないだろう。

 

だが、魔王候補を決めるのに強い魔物は皆参戦しているはずだ。

だとすると・・・

 

「レオンさん!レオンさん!

 

ハリスさんが大きな声で呼んでいた。

 

「すみません。ちょっとハリスさんが言ったことが気になって。あ、お会計ですよね?」

 

「いや、それもそうなんじゃが、実はそのことでレオンさんに相談が・・・」

 

 

**********

 

「え?王からの呼び出しですか?」

 

「そうなんじゃ。王様はわしとレオンさんの仲が良いのを知っておるし、わしも元とは言え王家に使える者。王様の頼みとあらば断ることはできなくての・・・」

 

ハリスさんは申し訳なさそうに手を合わせる。

まさかの王からの直々のお呼び出しをハリスさん経由でしてきたのだ。

 

ハリスさんの一族は、代々、王家に使える家系である。

とは言ってもハリスさんはお年を召されているので引退し、今は息子がその任を授かっている。

 

今は城がある城下町からこの田舎町に移住し、老後を楽しんでいるのだが、たまに息子経由でこうした依頼・・・いや、無茶振りを頼まれるらしい。

 

そしてその飛び火が俺のところにも来る。

 

「わかりましたよ。いきますよ。」

 

「ほんとかレオンさん?では申し訳ないの。あとで息子に伝えておくでの。そのうち使者が来るのであとは頼みましたよ。」

 

「はあ。任せてください。」

 

まあきっと今回は魔物の活発化によることで徴収だろうけど、俺に魔物退治なんてできないぞ?

だって俺は・・・

 

世界最弱の勇者だからな。

 

end